歯垢病について

鶴見大学歯学部 歯科補綴学第一講座
準教授 阿部 實


 【解説】 ヘルスケア・レストラン(日本医療企画出版)に掲載予定(2001年2月20日発売予定)の連載記事からの参照用に掲載しました. 「歯垢病」という言葉は,まだ一般的に認知されている用語ではないですが,その考え方,フィロソフィーには価値があると考えています.提唱者(阿部實博士)の許可を得て,ここに掲載させて頂きました.文面は第11回日本老年歯科医学会学術大会(Sep. 2000)における市民フォーラムのプログラムより転載.(HP管理者)


目次

1)歯垢病(Plaque Disease)とは

2)歯垢病は自分で治す生活習慣病

3)歯垢病の正しい養生法

4)歯垢病の種類と養生のポイント

5)その他


1)歯垢病(Plaque Disease)とは

 歯垢は口の中にいる細菌のかたまりです.食べ物の残りかすではありません.楊枝の頭くらいの歯垢の中に一億個もの細菌がいます.歯垢の中には何百種類もの細菌がいて,いろいろな病気の原因になります.虫歯(う蝕)や歯肉炎(歯槽膿漏)(歯周病),欠損,義歯性口内炎,誤嚥性肺炎などと呼ばれて来た病気や症状(状態)は,すべて歯垢が原因で起こります.ですから,歯垢が原因で起こる病気を歯垢病と呼びます.これを口という器官の病気としてだけでなく,全身的な健康という見方からすると,高血圧や糖尿病,虚血性心疾患などと一緒で,やはり生活習慣病といえるものです.

2)歯垢病は自分で治す生活習慣病

 虫歯や歯周病は歯医者さんに治療してもらわなければ治らない,と考えるのは一面的です.確かに進行した病状をコントロールすることは医師でなければできません.しかし,根底にある生活習慣病としての歯垢病をコントロールするのは自分です.歯垢病に対する指導やアドバイスはできても,歯科医師や衛生士は歯垢病を治すことはできないのです.
 歯垢は細菌のかたまりですが,これを抗生物質などの薬で殺すことは良くありません.一時的には抑えられても,さらに強い菌(耐性菌)が生まれて薬が効かなくなったり,他の細菌が繁殖して生態系のバランスを崩すので具合が悪いのです.細菌を薬で殺すのではなく,上手にコントロールして共存するのが正しい考え方です.われわれの棲む地球環境も大きな生命体であり,その生態系のバランスを崩さないようにコントロールし,共存してゆくことが人類全体としての正しい道であるのと全く同じように,一人ひとりの人間という生命体の健康を維持してゆくためには,生活習慣病の正しいコントロールが基本になります.

3)歯垢病の正しい養生法

歯垢病の正しい養生法のポイントは,第一に口の中のプラークコントロール,次に食事やおやつを含めた食生活の内容や咀嚼(噛み方),さらに余暇・運動や休息・睡眠の取り方まで関係してきます.プラークコントロールの基本は正しいブラッシングと補助的清掃用具の使い方です.

(1) プラークコントロールのチェック

@ 舌で歯垢を判定する
A 歯垢染出し液で判定する
B 手鏡を使う
C 人に見てもらう

(2) 噛み方のチェック

@ 左右どちらでよく噛むか
A 片方しか使わない理由は何か
B 両側で噛もう→唾液も噛んだ側から出る
C 何回ぐらい噛んでいるか

(3) 食生活のチェック

@健康を作る食事内容 
  とくに新鮮な緑黄色野菜
A入れ歯にあった調理法
B果物ナイフや食卓バサミ

(4) 余暇・運動のチェック

→健康法:ストレッチ体操 ウォーキング

(5) 休息,睡眠のチェック

→:腹式呼吸法 
  :ストレス解消法(心の健康)
→全身的な免疫力,抵抗力をつける


4)歯垢病の種類と養生のポイント

(1)う蝕(虫歯):

 歯垢病が歯に進行した状態.進行程度によりC0,C1,C2,C3,C4 に分類されることは広く知られている.歯がしみたり,痛んだりするのはC2,C3が多い.「虫歯は自然には治らないから歯医者さんに削って詰めたりかぶせたり治療をしてもらわなければ治らない」,と決めて考えるのは間違いです.
 C0,初期の齲蝕は明らかに自然に治ることが証明されている.唾液の修復機能があり,再石灰化が起こる.
 C1はもちろん,C2,C3でも進行を停止したり,あるいは非常に遅い場合がある.(私自身に齲蝕があり,ずっと経過観察しているが,30年以上ほとんど変化していない)したがって,必ずしも早期発見,早期処置をしなければならないわけではない.
 C4と診断されると「抜きましょう」と言われることも多いが,原則的には抜かないほうが良いことは明白(言うまでもなく,歯1本でも命の一部であり,大切に守るべきものです.ガンのように悪性のものはごく稀で,すぐに外科的に取り除く必要のあるものはほとんどない.(私は,抜歯以外に症状を軽減する方法がない場合でなければ抜歯を見合わせる).「抜きたくないので何とか残してほしい」と相談し,詳しい説明を受けたほうが良い.説明に納得がいかなければ,別の先生の診断を仰ぐ(セカンドオピニオンを求める)ことも良い.
 忘れてならない肝心なことは,原因が歯垢病という生活習慣病だということ.歯垢病は歯垢をコントロールしなければ治らない.歯垢をとるには歯垢の性質をよく知り,できるだけ着かないように,着いてしまったものは確実にとること.基本は自分でとれるようにすること.削って詰める,被せる,入れ歯を入れる…これらは全て応急処置,対症療法に過ぎない.歯垢病と言う病気が治ったわけではないことを良く理解して,今までの誤った食生活や歯磨き習慣を正しくすることが重要です.

養生のポイント:
「歯」磨き→歯ブラシによる毛先磨き=歯頚部,咬合面
歯ブラシによる突っ込み磨き=隣接面
デンタルフロス(糸楊枝)=隣接面
歯間ブラシ=下部鼓形空隙

(2)歯肉炎:

 歯垢病が歯の周りの歯肉に進行して炎症を起こした状態.はぐきの炎症なので目で見て赤くなったり,腫れたりする.歯ブラシが当たると出血することがあるが,歯周ポケット(歯とはぐきの間の溝)は3mm以内と浅い.これは炎症が歯の周りの歯肉に限定されているのでまだ軽症.出血をこわがらず正しいブラッシングを身につけることだけで全快する.歯石がある場合は歯科医院で診てもらう必要があるが必ずしも取ってもらえば済むという問題ではない.「私は定期的に歯石を取ってもらいに行っています」という人は,全て歯医者さんまかせになっていないかを反省する必要がある.
 忘れてならない肝心なことは,原因が歯垢病という生活習慣病だということ.歯垢病は歯垢をコントロールしなければ治らない.歯垢をとるには歯垢の性質をよく知り,できるだけ着かないように,着いてしまったものは確実にとること.そして,歯垢がとれた状態で毎日を過ごすことである.

養生のポイント:
「歯ぐき」磨き→歯ブラシによる毛先磨き=歯頚部,
半分は歯肉マッサージ
歯間ブラシ=歯間乳頭部歯肉

(3)歯周病(歯周疾患,歯槽膿漏):

 歯垢病が歯肉炎の範囲を越えて歯周組織に進行した状態.歯周ポケットは4mm以上に深くなるため,歯垢は歯周ポケットの中に侵入し,歯根膜(歯を歯槽骨に支え,噛む力をコントロールするクッションになる組織)や歯槽骨(歯の根を取り囲む骨で顎骨に続いている)まで炎症が広がった状態.進行程度によりP1,P2,P3,P4と分けられる.歯周ポケットは4mm以上と深くなるため,普通の歯ブラシでは届かない.中から化膿してはぐきが腫れたり,痛んだり,出血だけでなく,膿が出たり,強い口臭がするなどさまざまな症状が出る.慢性的に炎症があり,歯槽骨が次第に溶けて失われ,歯の根の支えがなくなると,歯は次第にぐらぐら揺れるようになり,最後は自然に抜け落ちるところまで進行する.「歯槽膿漏の治療は,いくら歯ブラシをしてもダメ,はぐきを切ったり,溶けた骨を再生させるる手術をしないと治らない.」あるいは「まったく歯槽膿漏は治らないもの」といった極端な誤った考え方をする人もいる.
 忘れてならない肝心なことは,原因が歯垢病という生活習慣病だということ.歯垢病は歯垢をコントロールしなければ治らない.4mm以上の深い歯周ポケットの中まで歯垢をとり,はぐきをマッサージするにはどうしたらよいのかを理解し,そのためのブラッシング法を身につけること.はぐきを切ったり,溶けた骨を再生させるる手術…これら歯周病の治療は全て応急処置,対症療法に過ぎない.歯垢病と言う病気が治ったわけではないことを良く理解して,今までの誤った歯磨き習慣や食生活を正しくすることが重要です.そして,歯垢がとれた状態で毎日を過ごすこと.

養生のポイント:
「歯磨き」,「歯ぐき」磨き
「ポケット」磨き→特殊なブラシを使用=歯周ポケット内ブラッシング

(4)欠損:

 歯垢病が進行し,歯の喪失に至った状態.侵されていた歯や歯周組織がなくなり,痛みや腫れ,口臭などの不快症状が消えて,病気が良くなった,治ったと錯覚しやすい.齲蝕や歯周病はなくなったとしても本当の原因である歯垢病は治ったわけではない.逆に,歯を喪失するまで進行してしまったのだと理解しなければならない.
 通常,欠損はブリッジ(固定性義歯)又は部分床義歯(可撤性義歯)で補綴されるが,義歯が装着されて機能回復,審美回復ができると治療が終了したものと錯覚されてしまう.義歯の機能回復に関する調整は行なわれても義歯清掃に関する指導はなおざりにされがちである.歯垢病の概念が必要なゆえんである.

養生のポイント:
「歯」磨き,「歯ぐき」磨き,「ポケット」磨き
「義歯清掃」→義歯用ブラシ(機械的清掃)
         義歯洗浄剤(化学的清掃)

(5)義歯性口内炎:

 歯垢病が義歯を介して床下粘膜に広がり,炎症を起こした状態.義歯の清掃を十分に行なわず,入れっぱなしにしていると起こる.義歯に付着した歯垢の中でも特にカンジダ菌の関わりが大きい.
 忘れてならない肝心なことは,原因が歯垢病という生活習慣病だということ.歯垢病は歯垢をコントロールしなければ治らない.歯垢をとるには歯垢の性質をよく知り,できるだけ着かないように,着いてしまったものは確実にとること.義歯性口内炎をおこす人は夜間,義歯を装着してはならない.食後は義歯をはずしてよくブラシで清掃し,義歯洗浄材を使って化学的清掃も行なう必要がある.そして,歯垢が付着していない清潔な状態で毎日を過ごすこと.

養生のポイント:
「歯」磨き,「歯ぐき」磨き,「ポケット」磨き,「義歯清掃」,
粘膜の健康回復→安静,清潔,歯肉マッサージ,軟膏

(6)誤嚥性肺炎:

 歯垢病の原因菌である口腔内常在菌が肺に誤嚥されて炎症を起こした状態.寝たきりの高齢者などでは死に至る場合も決して少なくない.本人はもちろん,状況によっては家族や介護にあたる人達が忘れてならない肝心なことは,原因が歯垢病という生活習慣病だということ.歯も義歯も歯垢が付着していない清潔な口腔内状態で毎日を過ごすこと.歯垢をとるには歯垢の性質をよく知り,できるだけ着かないように,着いてしまったものは確実にとること.その方法を身につけなければ誤嚥性肺炎は防げない.

養生のポイント:
「歯」磨き,「歯ぐき」磨き,「ポケット」磨き,「義歯清掃」,
粘膜の健康回復,介護用清掃補助具

5)その他

 無歯顎顎堤のブラッシング→粘膜強化
 舌苔の清掃(舌コキ)


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